旧車・スポーツカーファンのブログ

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マツダのサバンナRX-7について話そう。

 

2シーターの「インフィニティ∞」が登場して1年後の1987年8月に、「ロータリー・エンジン20周年」という記念すべき年だったのだが、それに合わせるかのような魅力的なモデルが追加された。

 

まずは、そこから話を始めよう。

 

マツダのロータリー・エンジン搭載車初のオープン・モデル、サバンナRX-7カブリオレの登場はかなりのインパクトであった。

 

見るからに軽快なフル・オープンの姿がよく知られているが、ルーフ部分だけを取り外してタルガトップのようにすることもできる。

 

残ったりあ部分は電動でそっくり畳み込めるので、日本国内よりも北米を中心とする海外でも大きな人気を得たのだった。

 

ルーフを取り去ったことによる剛性の不足を補うため、サイドシル部分の板厚を増すなど補強が行われ、100kgほど重量が増した。

 

一番安価な「GT」の倍近くしたカブリオレ、しかも国内では少量販売だったが、存在感は大きいものがあった。

 

このカブリオレは、第三世代にモデルチェンジ後も「FCセヴン」のまま1992年秋まで生産が続けられた。

 

1989年4月にマイナーチェンジ。

 

エンジンは、205Psに強化。

 

前後のバンパー、モール類などが変更されたほか、テールランプが丸いものになった。

 

それが'80年代後半、見慣れたRX-7「FCセヴン」の最後の姿となって、まもなくモデルチェンジを迎える事になる。

 

FDセヴン時代

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1991年10月、RX-7としては第三世代にあたる「FDセヴン」が登場する。

 

10月16日に発表されたものの、半月ほど遅れた11月1日、松田の新しい販売チャンネルとして「アンフィニ店」が営業を開始。

 

「FDセヴン」はその看板モデルとして、その名もアンフィニRX-7の名前で12月から販売されることになった。

 

それまでもRX-7で通っていたが、ここにきてサバンナの名前は完全に消滅したのだった。

 

登場した「FDセヴン」は、抑揚あるスタイリングで、すっかり見慣れていたRX-7にふたたび目を見張らせるほど新鮮なものであった。

 

エンジンは型式こそ、13B型と変わらないが、ついにそのパワーは225PSを発揮するまでに至った。

 

それは「シークエンシャル・ツインターボチャージ・システム」と呼ばれる電子制御の2基のターボより、容赦のないほどのパワーを得ている、というものだ。

 

思い返してみれば、最初のサバンナの2.5倍に達しようか、という数字である。

 

足回りも、前後ともアルミ製のアームを使ったウィッシュボーン+コイルという本格的なものに、「四輪ダイナミック・ジオメトリイ・コントロール」なる新機軸も採用されている。

 

タイヤ・サイズも16インチ、走りに徹した「Type R」は17インチにアップされていた。

 

ボディはついに「3ナンバー枠」、全幅1760MMにも達し、全身からなめらかな面で構成されたダイナミックなモノに変身。

 

サイド・ウィンドウは、サッシレスとなり、ドア・ハンドルもドアに組み込みのスマートなものになっていた。

 

世紀末のRX-7

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この第三世代は、2002年8月まで10年以上に渡って生産が続けられるのだが、今回は「20世紀のクルマ」を題材にしているため、そこまでの移り変わりを追いかけていく。

 

途中、1996年にチャンネル統合などがあり、名称もマツダRX-7になったりしている。

 

1993年8月に「FDセヴン」として初のマイナーチェンジを受けるが、外観上は大きな変化がなし。

 

その後、1995年3月と1996年1月にチェンジが繰り返され、そのたびにリアのスポイラーが大型化される。

 

とくに'96年のチェンジでは最強モデルのエンジンが265PSにまでパワーアップされ、スポイラーも左右のステイで支える大きなものとなった。

 

丸い6灯のテールランプで識別できる。

 

その後も細かいチェンジを繰り返しつつ、少しの空白はあったけれど、光景のRX-8にバトンを渡すことになる。

 

そして、そのRX-8も生産を終えた今、ロータリーエンジンの空白に一抹の寂しさを覚えたりするのである。

 

旧車・スポーツカーは、加入できる自動車保険が限られます。

 

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